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2008年04月30日

ウィリアム・ワーズワース

なんか聞いたことありません?

ウィリアム・ワーズワース(William Wordsworth, 1770年4月7日?1850年4月23日)は、イギリスの代表的なロマン派詩人であり、湖水地方をこよなく愛し、純朴であると共に情熱を秘めた自然讃美の詩を書く。同じくロマン派の詩人であるサミュエル・テイラー・コールリッジは親友で、最初の作品集は、コールリッジとの共著であった。多くの英国ロマン主義詩人が夭折したのに対し、彼は長命で、1843年、73歳で桂冠詩人となった。

ワーズワースは、1770年、北西イングランドの「湖水地方」と呼ばれる風光明媚なコッカマスに、五人兄弟の第二子として誕生した。1778年、母の死去と共に、ワーズワースの父は彼を学校へと送るが、法律家であった父もまた1783年に世を去る。ワーズワースは孤独な少年時代を送るが、自然の美しさが彼の心の慰めとなった。

1787年、ケンブリッジ大学のセント・ジョンズ・カレッジに入学する。1790年、フランスに渡り、フランス革命の熱狂のなかで革命を支持したが、後年は保守的に傾いていった。また、フランス人であるアネット・ヴァロンと恋に落ち、彼女はワーズワースの娘を1792年に出産するが、ワーズワースは経済的理由などからイギリスへと一人で帰国する。

1795年、彼はサミュエル・テイラー・コールリッジと出逢い、二人は意気投合して親友となる。1797年、妹ドロシーと共にコールリッジの住居のすぐ近くに転居する。1798年、ワーズワースとコールリッジは『抒情詩集(Lyrical Ballads)』を共同で著し、出版する。英国ロマン主義運動において、画期となる作品集であった。

1798年から1799年にかけての冬、ワーズワースはドロシーと共にドイツに旅行し、孤独と精神の圧迫にもかかわらず、後に『プレリュード』と題される自伝的作品を書き始め、また『ルーシー詩篇』を含む多数の代表的な詩を書く。

イギリスに帰国したワーズワースは、湖水地方に居を構える。詩人ロバート・サウジーの住居のすぐ近くであった。ワーズワース、サウジー、コールリッジらは「湖水詩人」として知られるようになる。しかし、この時期、ワーズワースが書いた詩の主題は、主に死や別離、忍耐や悲しみに関するものであった。

1802年、アネットと娘カロリーヌに会うため、ワーズワースは妹ドロシーと共にフランスに旅行する。この年の後、幼なじみであったメアリー・ハチンソンとワーズワースは結婚し、翌年、メアリーは第一子ジョンを出産する。ドロシーは兄とその妻と同居する。
(以上、ウィキペディアより引用)

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